io vivo a Carmignano カルミニャネーゼな日々

6年弱働きながら暮らしていたフィレンツェから、結婚を機にジャンニの住むカルミニャーノに引越し。フィレンツェ近郊の田舎街での生活をつづっています。
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がんが発覚してから

イタリアは暖かい日が続いています。
梅の花、桜の花が咲いているのを発見してびっくり。
一足も二足も早い春を感じました。

私の調子も良く、食べ過ぎて久しぶりに顔ににきび(吹き出物??)とかできてしまいました。。。
抗がん剤治療後、吐き気・嘔吐で食べれないので体重ががくっと減るのですが、減った以上に取り戻してしまった!



今日は病気の宣告から検査の日々のことを書いています。


私何か悪いことしたかな???なんで私なのー??とずっと思っていました。
自分がガンになった、という事実が受け入れられずに。
やはりショックで、怖くて、先生の前で泣いてしまいました。

まず先生に質問したのが命の危険云々ではなく、「こどもを産めなくなるのか」という質問でした。
子宮は取らないといけないのかなーって。

それはまだ検査しないと何もわからないから、と言われ、色々なパターンがある、といわれたものの、何も頭に入らず。ジャンニがいたからまだ落ち着いていられたほうだったと思います。
そういう事実はあるものの、なんかまだ信じられずふわふわした感じでした。


早速翌日、9月18日(木曜日)はエコーをしに。
膣にエコーの機械を入れてみてもらいました。
あまりはっきりした画像は見れないけど、おそらく子宮はきれいっぽい、ということ。

子宮のはっきりした状態は、「isteroscopia イステロスコピア=子宮鏡検査」をしないとわからない、とのことで、その検査にむけての準備をすることに。

20日金曜日は血液検査と心電図を。

そして25日水曜日に子宮鏡検査。
局部麻酔かなーと思っていたら、全身麻酔で、気づいたらおわっていました。。

その日は1日入院。麻酔でぼーっとしていたので、ジャンニがずっと横にいてくれたのですが、眠くて眠くて点滴されながらひたすら寝てました・笑 翌日の朝まで本当にひたすら。
翌日「寝すぎ」とジャンニに言われました・笑

翌日の朝、先生と面談。
子宮鏡検査の結果、子宮も膣もきれいだといわれました。
子宮頸に限局しているので、おそらく子宮は残しておけると思う、と。


ただ私が子宮を残したいと望んでいること、腫瘍が3センチをこえることがあったため、子宮温存を専門にしているモンツァ(ミラノの少し北)にある病院を紹介してくれました。

「午後3,4時くらいに予約とっといたから」

って・・・ほんとーに急。。そう話しているのは9時半。。
車で1時間とかじゃないって。4時間はかかるし、行ったことないし、地図もくれないし、さ。

急いで家に帰って身支度をし、地図を検索して早速出発。
この日からモンツァの病院との往復が始まりました。


せめてもうちょっと近かったらな~て感じです・笑

宣告されてから検査が立て続けにあったのですが、自分としては「早く治療して、早く~」とかなり焦っていました。
自分のカラダに悪いところがあると分かっているのに、検査ばっかりでことが進んでいるように感じられず、検査している間にもどんどんがんが進んで行くような気がして、毎日不安だったこと覚えています。

検査しないことには治療が始められないのは当たり前なんですけどね~。


来週は最後の(はず)抗がん剤治療でまたモンツァです。今のうちにいっぱい食べておこ。。。



私のまわりのみんなが健康で笑顔いっぱいでありますように☆


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