io vivo a Carmignano カルミニャネーゼな日々

6年弱働きながら暮らしていたフィレンツェから、結婚を機にジャンニの住むカルミニャーノに引越し。フィレンツェ近郊の田舎街での生活をつづっています。
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治療終了

月曜日に5回目最後の化学療法が終わって帰ってきました!!
副作用の吐き気がやっとおさまったところです。
やっと終わった~。肩の荷が下りました、とにかくほっとしてます。


9月にがんが発覚してから6ヶ月以上。
最初はほんとに終わりがあるのかな、と思っていましたが、ここにたどり着けて本当によかった。
何であれ終わってみればあっという間だけど、やっぱり長くてしんどくて辛い6ヶ月でした。
いっぱい色んなことを考えた6ヶ月でした。
家族のこと、友達のこと、自分の将来のこと、本当にいろいろ。

治療が始まるまで不安で怖くて、泣いていた毎日。
治療が始まってからも、弱っていた私の横に常にいてくれたジャンニ。
精神的な問題も、医療用語など言葉の問題も、彼がいなかったら一人では乗り越えらていなかったと思います、ほんとに。

何度か、日本に帰って治療しようかな、その方が言葉も問題ないし、(私は)日本の医療のほうが信頼できるし。。。と考えたりしました。
そのことをジャンニにも言ったら、「何で日本に帰って治療するとか言うの。僕がいるやんか」と言われやっぱり残りました。実際ジャンニの支えが一番大きかった。

そしてもう一つの理由は。。。治療費がタダ。
イタリアでは重病であるほど、治療費がかかりません。
なので私、検査代、手術代、入院費、薬代など一切払わなくてよかったのです。

でも日本の生命保険から保険金はもらえます。嬉
生命保険に入っていてくれていた両親に感謝感謝。

にしても、親に病気のことを知らせる時は、本当に辛かったです。
結局なかなか電話する勇気がなく、親に話したのは病気が発覚してから2週間ほどたってからでした。

親に申し訳ない、という思いが強くて。
別にこうなったのは私のせいではないのだろうけど、今まで迷惑や心配いっぱいかけてきたのに、またそんな思いをさせてしまうのか~、、、ごめんね~。。。と思ってました。


子宮に関しては、私は特に「こども絶対にほしい!!」ということはないのですが、再発の危険がないのであれば「可能性は残しておきたい」と思い残すことにしました。
周りも「残せるなら残しておきよ。まだ若いのだから。」と言ってくれて。

まぁ子宮は残せたものの、妊娠できるか、っていったらそれは私はどうなのかわかりませんが。。。


でももし日本に帰って治療していたらおそらく、子宮全摘されてたのだろうな、と思うと、こっちに残っていてよかったのかなとも思います。



とりとめもなくツラツラ書いてしまいましたが、今こうやって過ごせているのは、支えてくれた家族、友達のおかげです。

人間、一人では生きていけないんだな、と改めて思いました。当たり前なんですけどね。。。でも本当につくづく。

この辛い6ヶ月で、ジャンニの愛情をたくさん感じました。(別にのろけてない)
がんて、本人だけじゃなくて、近くにいる人もしんどくて辛いはずなのです。
今までずっと愛情いっぱいで尽くしてくれました。

そんなジャンニに、これから私も愛情いっぱいで恩返ししていきたいな、と思ってます。
もちろん支えてくれたみんなにも~。


とりあえずひと段落です。あとは回復をまつばかり。
次の病院は5月末の検査です。

春も近いし、嬉しいな~。



ではよい週末をお過ごしください。
私の周りのみんなが元気で笑顔いっぱいでありますように☆


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Comment

編集
さこちゃん、治療おつかれさまでした!
終わってみればあっという間だけど、沢山不安だったでしょう。ジャンニが側にいてくれて本当に良かったね。
でも「俺がいてるやんか」て・・・関西弁なのがちょっと笑っちゃいました(^-^)

美味しいもの食べて、楽しいこと沢山して毎日笑顔でね!
さこちゃんの健康を日本から祈ってます。
2014年03月15日(Sat) 09:40
eryちゃん
編集
終わったよ~、ばんざーい。
ジャンニのは、フィレンツェ弁を訳したらこうなった・笑

食欲もぼちぼちもどってきたから、これからはいっぱい食べマース!!
メッセージありがとうね。
2014年03月15日(Sat) 17:38












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