io vivo a Carmignano カルミニャネーゼな日々

6年弱働きながら暮らしていたフィレンツェから、結婚を機にジャンニの住むカルミニャーノに引越し。フィレンツェ近郊の田舎街での生活をつづっています。
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手術と抗がん剤治療1回目

暖かい日が続いているイタリアです。

治療は終了したので話しは前後しますが、ちょこちょこ闘病記を書いていきます。



10月14日月曜日に「センチネルリンパ節生検」という手術のための入院が始まりました。

センチネルリンパ節生検⇒センチネルリンパ節生検とは、リンパ節の中で最初にがん細胞がたどり着くと考えられるリンパ節(センチネルリンパ節)を摘出し、がん細胞があるかどうか(転移の有無)を顕微鏡で調べる検査です。
(この手術が開発される前は、疑いがあればすべて、リンパ節郭清をしていました。結果、何もなく陰性だった、といった場合もあったようです。)

この日は一通り、手術前の検査などをして待機。

15日の火曜日は朝8時前にはもう手術室に連れていかれ、8時過ぎにジャンニが急いできた時には、もういなかった・笑

腹腔鏡を使っての手術。おへそ、左右脇腹、下腹部に1センチほどの跡が4つ残っています。


この手術も気づいたら終わっていたので、あっという間でした。
細胞検査の結果には数週間要するので、すぐにはわかりませんでしたが、とりあえず第一歩。
(3週間後、陰性だったとわかりました)

翌日も入院でベッド寝ていたのですが、今回は手術だけして帰るものだと思っていた私達。
先生が来て、

『じゃあ君は明日から抗がん剤治療ね』

と言われたときは「???」となりました。心構えが。。笑


あれよあれよで、10月17日木曜から抗がん剤治療の1回目が始まりました。
使った薬は「パクリタキセルとシスプラチン」。

腕に点滴の針がさされ、とうとう、朝の10時頃から始まりました。

1日目は「こんなもんかー」と余裕だったのですが、2日目からはひどい吐き気と倦怠感。
3日目も同じ状態が続き、気持ち悪くて悪くて、寝たくても寝れず、食べ物も食べれず、とにかく早く時間が過ぎることだけを祈ってました。


土曜日に投薬がおわり、月曜に退院したもの帰るのに車で4時間。
サービスエリアでとまるたびに、ジャンニを女子トイレに連れ込んで嘔吐していました。

家では処方された吐き気止めを飲むものの、何も食べれず、吐く日が2,3日続き、だんだん副作用は収まりました。
気力も体力もなくなった。。。

吐き気が来るたびにジャンニにトイレに連れて行ってもらってたのですが、なかなか吐けない私に、


『パスタ入りスープ~、じゃがいものピュレ~、ハム~』

とささやき出したジャンニ。。。
(トラウマの病院食。ほんとに聞いただけで吐き気を催すくらいだった。。)

その後

餃子、春巻き~』(好きだけど脂っこいから、らしい)と続き、

『聞いたら気持ち悪くなって吐きやすいだろー』

で実際吐けた・笑


1回目の抗がん剤治療が5回の中で一番しんどく、ダメージが大きかったです。
たぶんその前に手術をしたのもあったのかな、と思います。

トイレに歩いただけでぜぇぜぇと息が上がる始末。
体力がゼロになり、トイレに行きたくなる度にジャンニを呼んで支えて連れて行ってもらってました。

お風呂に入る体力もなくなり、湯船に浸かっていた私をちゃぷちゃぷ洗ってくれもしました。
髪の毛も洗ってくれたし、タオルで乾かしてくれたりと、ほんとに介護老人状態。

ほんと、情けなかった~。。。


闘病記、まだ続きます。

私の周りのみんなが元気で笑顔いっぱいでありますように☆


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